2025年10月8日、スウェーデン王立科学アカデミーは今年のノーベル化学賞受賞者を発表しました。栄誉に輝いたのは、北川進(京都大学)、リチャード・ロブソン(メルボルン大学)、オマール・M・ヤギ(カリフォルニア大学バークレー校)の3氏。授賞理由は、金属イオンと有機配位子から成る多孔性結晶「金属有機構造体(Metal–Organic Frameworks, MOFs)」の開発です。
MOFとは何か:分子レベルで「空間」を設計する材料
MOFは、金属イオン(あるいはクラスター)を結節点に、有機分子をリンクとして組み上げた結晶性の多孔性材料です。内部には規則正しく配列した微細な空隙が広がり、膨大な比表面積を実現。これにより、分子の吸着・分離・貯蔵・触媒など、従来材料では難しかった機能を高度にチューニングできます。砂漠の乾いた空気からの水分回収、排ガスからの二酸化炭素(CO₂)捕集、有毒ガスの貯蔵・除去、水素の貯蔵、さらには医薬・材料合成における選択的触媒反応など、応用の裾野は急速に拡大しています。
受賞の意義:基礎発見が社会課題の解決へ
今回の評価は、量子化学や配位化学の概念を土台に、「分子で建築する」という発想を実装し、化学に新たな「部屋(空間)」を創り出したことにあります。3氏の研究は1980年代末〜1990年代にかけて結晶化学・配位化学の発展とともに歩み、やがて安定で実用性の高いMOF群の設計指針を確立。現在では数万種に及ぶMOFが報告され、目的分子やプロセスに合わせたオーダーメイド材料の設計が可能になりました。
環境・エネルギー分野で広がる活用
- CO₂回収・資源化: 排ガスや空気直接回収(DAC)での選択吸着により、低エネルギーな分離・濃縮を目指す取り組みが進展。
- 水資源: 夜間に空気中水分を吸着し、日中の加熱で放出・回収するデバイスへ応用。乾燥地での飲料水確保技術に貢献。
- 有害物質の除去: 有毒ガスや難分解性汚染物質の捕捉、浄水・環境浄化プロセスでの利用可能性。
- エネルギー貯蔵・触媒: 水素・メタンなど気体燃料の安全貯蔵、細孔内での反応場設計による高選択触媒。
日本の研究コミュニティにとっての意味
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北川氏の受賞は、日本の配位化学・多孔性材料研究の国際的リーダーシップを改めて示すものです。基礎に根ざした構造設計の思想が、環境・エネルギー・資源という社会課題の解決に橋を架けた点で、学術と産業の両面に長期的な波及が期待されます。
「未来の化学」へのロードマップ
MOFの開発は、化学が持続可能性に貢献するための具体的な道具立てを提供しました。今後は、スケールアップ製造、耐久性・安定性の向上、ライフサイクル評価(LCA)に基づく実装が鍵となります。分子設計×データ駆動(計算科学・機械学習)の融合により、より高効率で環境負荷の低い材料探索が加速すると見込まれます。
基礎科学が数十年の時を経て社会実装へつながる典型例として、今回の受賞は「材料で世界を変える」アプローチの象徴的マイルストーンです。
出典:The Nobel Prize Official Press Release/参考:ABC News


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